ぼったくりバーで俺は「敗北者」になった
「じゃあお代は12100円ですねー」
そう言われて渡された伝票を何度見ても12100円。1210円でも121000円でも$12100でもましてや12100ペリカでもない。ちなみに割り勘でもない。
12100円なのだ。
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コロナが中世ヨーロッパでのペスト並みに流行る少し前、長すぎる春休みに刺激が欲しくて出会い系アプリ「タップル誕生」を入れた。
刺激が欲しくてと言ったが端的に言うのであれば女の子と出逢いたかったのだ。誕生がしたかったのだ
誕生を勧めるタップルには「お出かけ」という機能がある。その日暇な人が「お出かけ」で呼びかけ、同じく暇な人がそれに反応してその日に会うと言ったダイレクトかつバイタリティに溢れたヤリモク御用達のアプリ。
だがそのダイレクトさやバイタリティは何もタップルだけに求められるものではない。そも、人生には勢いが求められる。勢いこそが何かを成し得る原動力。「タップル誕生」とはまさしく人生を指し示すものなのかもしれない。誕生する僕の新しい人生。
「0時からススキノで飲みませんか?」というお誘いを受けた僕は喜び勇んで0時のススキノ駅に立っていた。
ちなみにどれくらい喜んでたかと言えばお風呂にしっかり入って歯を磨き髪を整えスキンケアをしていたレベルだ。ちなみに爪も切った
「爪はさ、女性に会う時は必ず切ったほうがいいよ。会う2日前に切るのがマナーかな。長くて汚いとエチケットに反するからね。」
後ろでニヤニヤ見てくる後輩たちにこのセリフを言わなかったのは賢明だった。そもそも会う30分前に爪を切ってるのは僕だし、後輩たちは女性経験がしっかりあるからだ。言っていたらチン毛を剃られていた可能性があるかもしれない。
爪を切った僕はススキノ駅の外のコンビニで女の子を待つ間、第一声をどんなセリフにするかで悩んでいた。
とりあえず、「写真よりずっと綺麗ですね笑笑」とかいう親不知がガタガタいいそうなセリフを言って会話を始めようと思ってたが
来た女性はそもそも写真と違いすぎた
無論悪い意味で
なんですかね、こう…「千と千尋の神隠し」に出てくる「坊」に更に重力をかけた感じというか…
あ、千尋じゃなくて坊です。坊
後ろ振り返りBダッシュで逃亡しようとしても遅かった。僕の手はしっかり掴まれていた。
「千と千尋の神隠し」で千が坊に腕を掴まれていたシーンを思い出して欲しい。アレと寸分違わぬ状況である。違うのは性別だけ
「坊と遊ばないと泣いちゃうぞ」
そう言われて近くのビルの4階にある小さいバーのようなところに連行された
上着を脱がされ(奪われ)、座らされて説明を受けるが説明も何もない
メニューの値段が、高いのだ
バーのお兄さんは何事もないかのごとく説明してくるが、どう考えても値段設定がインフレーションしすぎて狂っている。
「ここは飲み放題前提で1人1時間3000円です。飲み放題の種類は4種類で、焼酎、麦茶、烏龍茶、緑茶。それ以外のアルコールは別料金で1杯1000円いただきます。消費税は記載されてる料金とは別で10%いただくことになっています。」
「時間に関しては自動延長制で、こちらから時間経過をお伝えすることはありません。もし1時間が過ぎたら自動でもう1時間飲み放題が追加されます。」
突っ込むところが多すぎて何も言えない。そもそもどうすればいいのかさっぱりわからない。何せピーチウーロンが1杯1000円である。ハイパーインフレが極まった第一次世界大戦が終わった後のドイツかと思った。
大体、飲み放題が4種類というのも意味がわからない
大学生以上、主に酒を摂取できる20歳以上の日本人にとって「飲み」とは「液体を喉に流し込む」という意味ではない。「アルコール飲料を摂取する」という意味のはず
「この後飲みに行きましょうよ」と言ってサイゼリヤでドリンクバーのメロンソーダをガブ飲みするサラリーマンがいるだろうか?そんなサラリーマンをサイゼリヤで見かけたら流石に自殺の予定を疑った方がいい
この場合、飲み放題にアルコールが1種類、つまり焼酎しかない。ならばこれは飲み「放題」ではなく「ガンギマリ焼酎飲み」もしくは「焼酎しか飲めない」という嫌がらせ的詐欺行為なのだとも言える。焼酎縛りプレイ♡
しかも焼酎といってもコンビニで売っている鏡月だが?
3000円払って鏡月飲み放題とは一体何なのだろう。
およそ日本とは思えない光景にビビりながらも、僕は隣に座っている「坊」に何を飲むかと問いかけた。
そもそも何を飲むかというより「焼酎を飲むよな?」という圧力ではあるが
すると「坊」は何食わぬ顔で焼酎は飲めないと告げてきた。ピーチウーロンが飲みたいとも。
「坊」は焼酎が飲めない。
「坊」はピーチウーロンが飲みたい。
「ピーチウーロン飲めなきゃ泣いちゃうぞ」である。
絶対嘘だ。
だってお前絶対に夜の晩酌で焼酎お湯割りとか飲んでそうな顔してるもの
しかも「坊」は続けて言った。
「財布を忘れちゃったから奢って欲しい」
「ssss財布うぉぅうぉううぉう???wawawa忘れrrrちゃっタのでィえィエぃえぃ???おゴって★いぃぃぉいぉい?????」
絶対嘘だ
だがここから導き出されるのは
「僕が1杯1000円のピーチウーロンを坊に奢る」
という現実である
すごく帰りたい
だが帰れない
帰れないのだ
上着を奪われ席に座らされた時点で飲み放題は開始されており、帰るなら2人合わせて6千円を払わなければいけないらしい
つまり完全な「負け戦」なのだ
「まな板の上の鯉」「チェックメイト」
僕はもう完全に詰んでいた。逃げ場はなく、どう転んでも金を払わなければいけないまな板に乗せられていたのだ
どうしようもなかった僕は諦めて美味しくもない焼酎を飲まざるを得なかった
飲んでる最中の空気は死ぬ程クソでしかなかった
僕は「僕がぼったくられている」ことに気づいているし、向こうは「僕がぼったくられていることに気がついている」ことに気がついている
こんなに辛い以心伝心は初めてだった
オレンジレンジもこんな以心伝心を体験したらあんな曲なんて作らないだろう
ただひたすら気まずいし、「坊」は会話が死ぬほど下手くそ
こちらが投げるボール全てファールにしてくる会話技術がきつすぎてマスターとの会話の方が弾むレベル
僕自身もコミュニケーションはそんな得意な方ではないが、それでも僕は絶対に悪くないと断言できる。振った話題の「返し」が絶望的に下手
「仕事何してるんすか?」で「電話のヤツ」
「電話のヤツ」とは?「ヤツ」とは一体?
「具体」と「抽象」の概念がぶっ壊れている
せめてぼったくるなら楽しくぼったくってほしい
死んだ空気の中で死んだ会話をしているとマスターが話しかけてきた。
「俺も1杯頂いちゃっていいですか?」
「僕が支払う感じですか?」と聞いたらその通りらしい。満面の笑顔で頷いていた。
面の皮が厚すぎる。
分厚すぎるのだ。
普通バッキバキの初対面の人間にビールたかりますか?僕はたかりません。というか、たかれません。
だが向こうはそもそも僕を客として見ていない。僕は「獲物」なのだ。女の子にホイホイ引っかかってぼったくりバーに連れてこられた哀れな「被捕食者」
遠慮なんてあるわけがなかった
搾り取れるだけ搾り取られる運命だったのだ
結局押し切られてマスターはビールを1杯(1000円)、女の子はピーチウーロンを3杯(3000円)胃の中に収めることになった
完全敗北である
しかも会計する際、カードを使用する場合は更に税金が10%かかるという。
縄文時代である
このキャッシュレスの時代にカード払いは税金加算?気が狂ってるとしか言いようがない。遠慮なく搾取し、搾り取る気でしかない。
というかメニューに書かれてるって言ったってマスターは説明してないし、書いてある文字が小さすぎて全然読めないんだよ…どう考えても読ませる気がないんだよこの文字は…
締めて12100円。
飲み放題3000円×2人
ピーチウーロン1000円×3杯
ビール1000円×1杯
=10000円
消費税10%で11000円。
カードの税金10%で12100円。
「じゃあお代は12100円ですねー」
そう言われて渡された伝票を何度見ても12100円。1210円でも121000円でも$12100でもましてや12100ペリカでもない。ちなみに割り勘でもない。
12100円なのだ。
12100円なのである。
大して可愛くもない女とクッッッッソ気まずい空気の中クッッッッソつまらない話をして大して美味くもない焼酎を飲んで12100円。
搾取されたのだ。
この時点で既に驚きは怒りに変わっていた。
何か1つでもいいことがなければ帰るに帰れない。
具体的に言うならやはり乳だ。
せめて乳の1つや2つでも揉まねば12100円が浮かばれない。
マスターに案内されて店を出た僕はずっとそのことを考えていた。どうやって犯罪にならず乳を揉んでやろうか。いっそのことダイレクトにホテルにでも誘ってやろうか。
考えながらエレベーターに乗り、坊が乗るのを待った。だが坊はニコニコしながら手を振っていた。
「私これからタクシーで帰るのでここで別れますね」
エレベーターの前だ
ビルの中の店の前のエレベーターの前だ
非常階段も見当たらず、どう考えてもビルから出るにはこのエレベーターを使わなければならないのに
「エレベーターの前で別れる」というプレイング
疑問や文句を抱いたとしてもエレベーターで1階に強制送還することで封殺するというプレイング
何か言う前に閉まるエレベーターの扉を見て、僕は自分が店に入る前から負けていたことを理解した
孔子曰く、「勝敗は戦う前から決まっている」らしい。言っていたのは孟子だったかもしれない
僕が店に入る前から、何なら女の子と飲むことが決まった時から、僕は12100円ぼったくられることが決まっていたのだ
髪を洗い、スキンケアをし、爪を切っていた僕はなんだったのか。キモすぎる、色々と。キモい。俺が。
12100円と終電を逃した僕は歩いて家まで帰った。帰る途中、ずっと「坊」の言葉がリフレインしていた。
「ssss財布うぉぅうぉううぉう???wawawa忘れrrrちゃっタのでィえィエぃえぃ???おゴって★いぃぃぉいぉい?????」
以上です。